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今月のことば【5月】「母の日」

ごがつはなんのひかしってますか?ははのひですね!
5がつはおはながいっぱい!とてもきれいですね。
1ねんでいちばんきれいな5がつはママのためのつきです。

ことしのははのひは5がつ14かですよ!
ははのひのプレゼントはもうよういしてますか?
いつものありがとうをママにとどけましょうね!

みなさんにママがいるようにイエスさまにもママがいます。
イエスさまのママはマリアさまです。
だから5がつはマリアさまのつきです。
サレジオようちえんでは5がつ24かにマリアさまのおいわきをします。
これからまいにちみんなでいっしょうけんめいにじゅんびしていきましょうね!

 

お母様へ

母の日おめでとうございます。毎日送り迎えご苦労様です。子供たちの様子を見ていてその奥にあるお母様方の愛情が伝わってきます。

幼稚園では色んな場面でお友達との関わりを学んでいきます。遊びの中、教室で自分の気持ちを伝えたり、お友達の気持ちをくみ取ったり…幼稚園の毎日は社会性の学びの時であります。先日お友達が泣いているときに「大丈夫?」「ごめんね」とそのお友達の頭をなぜている園児さんがいて、こんなにちっちゃいのに他者を思いやる心が育っているんだな〜と思わずウルウルしました。

きっとお家で泣いている時にお母さんに「痛いんだね」「悲しいの?」と頭をなでられ癒されたのでしょう。人は体験から学び、それを他者に伝えるものなのでしょう。

私たちも子供たちと一緒にいる一瞬一瞬の中に子供たちの輝きを見つけ、それを育てていければと思います。

maria

 

今月のことば【4月】「ごあいさつ」

いよいよ新学期が始まりました。

行事や遊びを通して、たくさんのことを経験して学んでいけるよう、職員一同がんばります。

1年間よろしくお願いいたします。

 

【すみれぐみのみなさんへ】

にゅうえんおめでとうございます!サレジオようちえんへようこそ!

たのしいことがきっといっぱい!いっしょにがんばりましようね!

【ゆりぐみのみなさんへ】

おにいさん、おねえさんですね。あたらしいクラスでおともだちをたくさんつくってください!

いっしょにあそんだり、べんきようしながらおおきくなっていきますように。

【ばらぐみのみなさんへ】

ようちえんでいちばんうえのおにいさん、おねえさんですね!

あたらしいことにどんどんチャレンジしていきましよう!

こまっているおともだちをたすけてあげられるサレジオの子になれますよう

【保護者の皆様】

はじめまして。鳥越政晴と申します。このたび雨宮神父様を引き継ぎ、園長となりました。サレジオ学院中学高等学校の校長も兼任しておりますが、幼稚園の先生と精一杯頑張っていきたいと思います。

きっと保護者の皆様も心配なことがあると思います。スタッフー同保護者の皆様といっしょに歩みながらお子様の成長を支えていきたいと思います。

サレジオの創立者聖ヨハネ・ポスコは常々「サレジオに来る生徒は特別にマリア様が送ってくださった大切な子供だ」と言っていました。私どもはこの精神を大切にしながら、お預かりしたお子様を大切に育て、お子様がサレジオ幼稚園で過ごす日々の中での様々な経験を通して周りの人に心を開くことにできる子供になれるよう関わっていきたいと思っております。

ご家庭との連携を大切にしながらよりよい保育を実現していく所存であります。よろしく御願い申し上げます。

鳥越政晴

今月のことば【3月】「切なくも美しい季節」

「1年に1度、名残惜しく過ぎてゆくものに、この世で何度めぐり合えるのか。その回数をかぞえるほど、人の一生の短さを知ることはないのかもしれません。」(星野道夫著「旅をする木」より)

先日夜駅からの道を歩いているとき、春の気配の混じったまだ冷たい風に当たって、何だか切なくなってしまいました。そう言えば、これまで何度もこんな思いになったなあ、とひとつの節目を確かめました。

日本の四季はとても美しいです。それは移り変わっていく美しさなのかもしれません。ずっととどまるのではなく、ほんの少しだけ私たちの手の中にあり、また離れていく。そのつかの間の時間を、ほんの少しの感触を、ささやかな香りを、あっという間に残像になっていく姿を、切なくも美しいと感じるように思います。「ああ、この瞬間がずっと続いてくれたらいいのに」と願うのも、どこかでそれがとどまることのできないものであることに気づいているからなのでしょう。

出会うに時あり、別れるに時あり。そのすべては神の手の中にあり、あたためられ、癒されていきます。そしてそれらは、記憶の中に残ると同時に、私たちの血肉にもなっていきます。意識しようとしまいと、その一つひとつが今の私を作り上げているのですから。

ばら組さん、卒園おめでとうございます!みんなが元気に卒園していくのを見ることができて、本当に嬉しいです。いろいろなことがありましたね。そのすべてが、今日のみんなの心と体になっています。どうかこれからも、心の強くて優しいサレジオの子でありますように!

ゆり組さん、すみれ組さん、この一年でぐっと大きくなりましたね。とても嬉しいです。さてさてこの春から、みんなはどんなお兄さん、お姉さんになるのかな?楽しみ楽しみ!

神さまの恵みが皆さまお一人おひとりの上に豊かにありますように。

心からの感謝を込めて。

園長 雨宮泰紀

【2月】「子どもたちの歌の力」

暖冬になるとされていましたが、この冬は既に5回ルルドのマリアさまにつららができました。つららや池の氷は、子どもたちに大人気。四季の豊かな日本の季節をたくさん体験してほしいなと思っています。

さて、2月は音楽会です。今年度は暦の関係で例年に比べて1週間ほど練習期間が短く、指導する側も少しドキドキしてしまいますが、子どもたちは楽しく練習しています。

今年度は保育者全員音楽の専門家に歌の指導法などを教えていただき、私も特に幼児期の子どもの適正な音域などを教わりました。基本はわらべ歌。また3~5音でメロディーを作ると覚えやすいとのこと。私は専門的に音楽を勉強したことはなく(非常にゆるくピアノを習いましたが)、ギターも他の楽器も見様見真似です。作曲も必要に応じて少ししてきましたが、素人の経験値を総動員しての作業です。そんなわけで、自分が疑問に思っていることをいろいろと解いていただく貴重な時間になりました。

少しお恥ずかしいのですが、今年も子どもたちと一緒に歌う曲を作らせていただきました。今回作った「ぼくの一日」は、子どもたちが重ねている日常の様子といつも思っている大切な気持ちを歌詞にしました。先日のリハーサルで子どもたちと一緒に演奏したときは、自分がイメージしていたものとあまりに合っていて、むしろそれ以上の子どもたちの歌声に心が震えました。子どもたちが私から何かを引き出してくれたように思い、本当に子どもたちに感謝したい気持ちでした。

大昔から人は歌を歌い、嬉しい気持ち、悲しい気持ち、切ない気持ちなどを込めてきました。そしてそれは誰かに届き、神さまに届き、そして自分に帰ってきたのだと思います。

美しいもの、真なるもの、聖なるものを感じる心が育まれますように。

園長 雨宮泰紀

【1月】「新春刈り払い染め」

皆様、新年明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。

私事ですが、年末年始は実家に戻りゆっくりしました、と普通はなるのですが、私の場合、実家の畑で刈払機を回しておりました。もちろんお正月もしましたが、16年前に亡くなった父の畑にどうしても十分手を入れられず、まとまった休みに家庭のある弟と助け合いながら畑仕事をして、何とか維持しています。というわけで、「日の出暴走」ではないですが、新春早々刈払機をうならせていたわけです。

小さい頃から畑で父の手伝いを少しばかりしていたせいか、私自身はそれほど抵抗もなく、独りでの作業も結構楽しんでいます。燃料が切れると一休み。しばらくは耳がキーンとしていますが、その後聞こえるのは鳥の声と風の音、風に吹かれる枯葉の音、遠くに聞こえる高速道路の車の音。お昼ごはんはおにぎりとたくあん、インスタント味噌汁にみかん。午後日が落ちる前に作業を終了。富士山が夕日に赤く染まり始めると急に冷え込んできます。そこで、恒例の焚き火タイム。小学生の頃父から教わったやり方通り。小さな焚き火の炎を見つめ、その火に当たっていると、本当に静かに満たされた気持ちになります。不思議なものです。特別な何をしているのでもないのに。恐らく父のそのまた父の、そのまた父の時代からほとんど変わっていないのでしょう。きっと身近にあるささやかなものの中に、心を満たしてくれるものがたくさん潜んでいるのでしょう。

学校評価アンケートを集計しました。皆様の温かいお心遣いに深く感謝いたします。こういう時期だからこそ、「最も大切なこと」は何か、しっかり見極めていきたいと思っております。アンケートに関しては改めてご報告させていただきます。

新年が皆様にとって神の恵み多き日々となりますように。

園長 雨宮泰紀

【12月】「アシジのフランシスコの馬小屋」

晩秋から冬にかけての季節。夕暮れが早くなり、ちょっと我に帰るような風の冷たさに触れるとき、なんだか素直な気持ちになったりします。いい季節だな、と思ったりします。

12月はクリスマス、イエスさまの誕生をお祝いします。今園長室の前に馬小屋(イタリア語でプレゼピオ)があります。イエスさまが生まれたシーンを再現しています。ちなみにこの期間、私は森を抜けて園長室に行く気分です。それはよしとして、初めてこの馬小屋を作ったのはアシジの聖フランシスコという聖人です。時は13世紀、カトリック教会が富も権力も絶頂を極めた時代です。そんな時代に、ほぼ乞食状態だったアシジのフランシスコとその同志たちは、「神の子イエスさまは、本当はこんなところでこんなふうに貧しくささやかにお生まれになったんだ」ということを人々に分かりやすく紹介するために、天然の洞窟に本物の動物などなどを連れてきて「本当のクリスマス」のシーンを再現したのでした。

富と権力のすべてを掌握した教会、その対軸にあるフランシスコのプレゼピオ。不思議なことに、この絶頂を極めた教会の長であるインノケンティウス3世は夢でフランシスコたちのことを見て、「この倒れかかった教会を支えているのは、あのアシジの乞食たちだ」と言ったと伝えられています。恐らく彼は富と権力の真ん中にあって、「本当に大切なものを大切にしているのは彼らなのだ」と直感していたのでしょう。

素直であること、素朴であること。どうやら大切なことへの近道は、こういう方向なのかもしれません。そう考えると、身近なことへ素直で素朴な心を開くことができたなら、大切なものをもっと大切にできるのかもしれません。

皆さま、よいクリスマスと新年をお迎えください。

神の恵みを。

園長 雨宮泰紀

【11月】「命を教わるということ」

カトリックでは11月は「死者の月」とされており、追悼ミサや祈りを捧げたり、お墓参りをしたりします。亡くなった方々に思いをはせ、神さまに委ねて祈り、また自分たちのことを見守ってほしいと願います。

私たちは様々な「死」を体験します。例えば、「話題に出てくる死」があります。ニュースで「〇〇で自爆テロ、死者△△人」ということを耳にする時、「戦争はなくなってほしい、その人たちがかわいそうだ」と思います。しかし、そのすぐ後で「広島が大谷をトリックプレーで崩し先制しました」のような速報を聞くと、悲しいですがあっという間に忘れてしまいます。私たちの感じ方には、どうしても違いがあります。

しかし、「大切な人の死」は特別です。深い悲しみと喪失感。何もできなくなってしまうこともめずらしくありません。「その人が亡くなったから、代わりに別な人を」ということにはなりません。その人は自分にとってかけがえのない人だから。つらい思いを背負い日常に戻りながら、少しずつ喪失感がその人に対する感謝に変わっていきます。「大切な人の死」を通して、私たちは必ず死ななければならないということを学び、一方で「また会いたい」という思いを抱いていることに気づきます。死は命の対極にあるのではなく命に内包されているのであり、永遠への思いもまた、その中にある。命を教わるとはそういうことなのかもしれません。

最後に、私たちは例外なく「自分自身の死」と向き合わなければなりません。私たちは「大切な人の死」を通して自分の死を受け入れていく準備をしていきます。そして、自分に限りがあることを深く意識するほど、「今自分はどう生きたいのか、誰とどのように過ごしたいのか」という思いを強くするのだと思います。

大切な人とのささやかな日常を、大切に積み重ねられますように。

園長 雨宮泰紀

【10月】「幼児期に運動することの大切さ」

小学生の頃には「キンモクセイの香り=運動会の季節」と記憶していました。(においの記憶はなぜかとても自分の奥深いところにつながっているような気がします。)キンモクセイの香り、運動会の思い出、同じ時期に一緒にいた友達、運動会の代休に釣りに連れて行ってくれた小学校の先生・・・様々な思い出が数珠繋ぎ(カトリックではロザリオ繋ぎ!?)となって現れては消えていきます。いい子ども時代を過ごさせていただいたなあ、と感謝しています。

平成24年に文部科学省から「幼児期運動指針」が出ており、このようなことが書かれています。「幼児期は、生涯にわたる運動全般の基本的な動きを身につけ易く、体を動かす遊びを通して、動きが多様に獲得される・・・また、意欲をもって積極的に周囲の環境に関わることで、社会性の発達や認知的な発達が促され、心と体が相互に密接に関連しあいながら、総合的に発達していく・・・」全体を通して強調されているのは、「自発的な様々な遊びの体験」、「時間の確保」、「発達の特性に応じた遊びの提供」です。

子どもたちの自発的な遊びは、心身における「学び」そのものです。運動会の練習も非常に大切ではありますが、幼児期の心身の成長発達の観点からすると、自由遊びの重要性はそれを上回ります。言い換えるなら、運動会は「練習の成果」だけではく、普段からの「遊び込みの成果」も見ていただく機会ではないかと思っております。

今年は雨が多く、思うように練習が園庭でできなかった日が続きましたが、子どもたちは頑張って、そして楽しみながら練習しています。しっかり遊び込み、また運動会の練習に打ち込む子どもたちの成長はダイナミックです。どうぞご期待ください。私もとても楽しみにしています。

園長 雨宮泰紀

 

【9月】「思い出すのは子どもの頃」

長い夏休みが終わり、皆さんそれぞれの楽しい夏を過ごされたことでしょう。子どもたちがひとまわり大きくなっているのに驚かされます。

私は八ヶ岳の湿原を訪れました。時は午後4時近くの夕暮れ前。ただし標高が高いのでヒグラシは鳴いていませんでした。(ヒグラシを聞きながら昼寝をするのが、私のささやかな夢です。)湿原を散歩していると広い水辺があり、その木陰でひと休みしました。突然、小学生の時の記憶が蘇りました。魚釣りをしていた時。釣り糸を垂れ、静かに魚の当たりを待っているときに聞いた虫の声でした。しばし目を瞑ってその虫の声の記憶をたどりました。今もそうなのですが、虫の声は不思議と体の細胞に響きながらしみ込んでくるようです。「ああ、そもそも自分はこういうところで育ったんだなあ」と思い、ふと「戻りたいなあ」と思いました。自分の五感の記憶に触れたようでした。

夏休み中に川崎市幼稚園協会が開催している教員免許更新講座の仕事をしました。その講義の中である先生が「大人になっても、年寄りになっても、思い出すのは子どもの頃のこと」とおっしゃっていました。私の場合、幼稚園のときの記憶は曖昧ですが、漠然と「楽しかった」と思い出されます。小学生くらいの思い出はかなり鮮明で、虫の声の記憶もそのひとつです。

大人になっても、年寄りになっても、いつも戻っていく子どもの頃の思い出。生涯自分の宝となっていく大切なもの。ささやかであれ、五感の記憶に沈み込んでいくような思い出を持っていたいと思い、子どもたちにも持ってほしいと思います。

行事が目白押しの二学期が始まります。しっかり遊び込んで、行事も楽しんで、いい時間になりますように。神の恵みを!

園長 雨宮泰紀

【7月】「アクティブラーニングと遊び」

梅雨の晴れ間が今年の夏の暑さを思わせる今日この頃ですが、子どもたちは本当に生き生きと遊んでいます。その姿を見ながら、幼児教育の重要性を深く認識させられております。

平成26年度から外部のコンサルタントを導入して、教職員一同保育と環境の質向上につとめております。具体的には、年に2回コンサルを受け、そのアドバイスをもとに保育と環境の改善を具体化していくというものです。また、平成27年度、28年度と既にコンサルを受けて改革を進めている幼稚園を全員で見学し、それぞれの園の先生方とも交流の機会を頂きました。

これらの基本的な考え方は、幼稚園教育要領第一章の総則にあるとおり、「幼児の自発的な活動としての遊びは、心身の調和の取れた発達の基礎を培う重要な学習である」というものです。その遊びの質を上げること、環境を整えていくこと、遊びを通しての指導をしっかり具体化していくことです。まだ道半ばではありますが、確かに子どもたちの遊びに夢中になる姿が増えてきたと感じています。

2018年に文科省から新しい学習指導要領が告示される予定です。大学入試等では既に対応が始まっておりますが、そこでキーワードとなっているのが「アクティブ・ラーニング」です。「教員による一方向的な講義形式の教育とは異なり、学修者の能動的な学修への参加を取り入れた教授・学習法の総称」と定義されていますが、要約すると、学んだ知識や経験を有機的に活用して問題解決等に取り組んでいくような学習ということになります。非常に難しい議論をしているように感じられるかもしれませんが、これはまさに毎日子どもたちがしている遊びとそっくりです。自分がこれまでしてきた経験、大人から教わったことなどをフル活用して試行錯誤しながら、何か面白いことはないか、どうやったら面白い遊びになるか、意識的であれ、無意識的であれ、夢中に取り組んでいます。子どもたちの生活はこの活動「遊び」に満ち満ちています。

長い前置きになってしまいましたが、つまり、次の日本と世界を担う子どもたちに今一番必要とされている学習が、試行錯誤しながら夢中になる遊びではないかと考えています。「神の栄光は、生き生きと生きている人間である」という言葉がありますが、まさにその責任を強く感じ、しっかりと取り組んでまいりたいと思っております。

園長 雨宮泰紀

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